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この日何の日(3月1日 屋島の戦いの日)

1日遅れてしまいましたが、3月1日は屋島の戦いの日ということで、屋島の戦いの日に関連する彫り物をご紹介します。

【那須与一 扇の的】
夕刻になり休戦状態となると、平氏軍から美女の乗った小舟が現れ、竿の先の扇の的を射よと挑発。外せば源氏の名折れになると、義経は手だれの武士を探し、畠山重忠に命じるが、重忠は辞退し代りに下野国の武士・那須十郎を推薦する。十郎も傷が癒えずと辞退し、弟の那須与一を推薦した。与一はやむなくこれを引き受ける。 与一は海に馬を乗り入れると、弓を構え、「南無八幡大菩薩」と神仏の加護を唱え、もしも射損じれば、腹をかき切って自害せんと覚悟し、鏑矢を放った。矢は見事に扇の柄を射抜き、矢は海に落ち、扇は空を舞い上がった。しばらく春風に一もみ二もみされ、そしてさっと海に落ちた。『平家物語』の名場面、「扇の的」である。(ウィキペディアより引用)

↓大鳥 勾欄合
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↓上市 見送り虹梁左面
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↓和氣町 小連子左面
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↓寺門 小屋根枡合右面
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↓川田 土呂幕後正面
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↓深井北 小屋根枡合左面
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↓生瀬 小屋根枡合正面
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↓北蛇草 土呂幕右面
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【義経 弓流し】
激しい合戦の最中に義経が海に落とした弓を敵の攻撃の中で拾い上げて帰り「こんな弱い弓を敵に拾われて、これが源氏の大将の弓かと嘲られては末代までの恥辱だ」と語った『平家物語』の「弓流し」のエピソードはこの際のことである。(ウィキペディアより引用)

↓大鳥 勾欄合
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↓上市 見送り虹梁右面
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↓中川 見送り三枚板
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【義経梶原逆櫓争い】
(屋島の戦いに向け)渡邊津を出航するにあたり義経は戦奉行の梶原景時と軍議を持ち、景時は船の進退を自由にするために逆櫓を付けようと提案した。しかし、義経は「そのようなものを付ければ兵は退きたがり、不利になる」と反対する。景時は「進むのみを知って、退くことを知らぬは猪武者である」と言い放ち、義経は「初めから逃げ支度をして勝てるものか、わたしは猪武者で結構である」と言い返した。逆櫓論争である。景時は深く遺恨を持ち、後の頼朝への讒言となり、義経の没落につながったとされる。(ウィキペディアより引用)

↓大鳥 勾欄合
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↓深井澤町 小屋根枡合左面
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↓麻生中 小連子右面
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↓家原寺 見送り下:屋島の合戦、源義経弓流し又わ那須与一扇の的を射る
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以上、屋島の戦いの日特集でした。
 
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