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平成29年3月5日 春木宮本町だんじり小屋開き

平成29年3月5日の「だん活」4台目は春木宮本町。金網なしの状態と聞いていたので一度撮影に行きたいと思っており、小屋を開ける時は連絡くださいとお願いしていたところ、Facebookにアップしていた当日の「だん活」の記事のコメント欄に情報が入り、急遽向かいました。

 

 

 

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いつものように大屋根廻りから(向きは正面からだんじりに向かって左右)
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大屋根の枡合は正面以外は平成27年の大修理で彫り変えられたようです。

 

 

 

↓枡合正面:鶴岡八幡宮 放生会
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↓枡合左面:義家 飛雁行乱を見て伏兵を知る
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↓枡合右面:為朝薩南海上乃颱
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軍船を仕立て、いよいよ平家討伐に旅立った為朝であったが、不運にも嵐に遭い、船は沈没寸前となる。この時、妻の白縫姫は海神に祈り、自身を贄として捧げるべく、海中に身を投じたそうです。それでも嵐はやまず。 あきらめかけたその時、讃岐院の神勅を受けた烏天狗がやってきて救われ、息子の舜天丸も鰐鮫“わにざめ”に助けられたそうです。その場面が彫られています。

 

 

 

 

↓木鼻 左前:籠を持つ獅子
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↓木鼻 右前:親子獅子
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目線をどんどん下げます。

 

 

 

 

↓番号持ち:琵琶法師
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腰廻りです。

 

 

 

 

 

↓土呂幕正面:清盛怪異を見る
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↓土呂幕左面:義経八艘飛び
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↓八艘飛びの義経
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修理前は目線が前向きだったのが、 目線が後ろ向きに変わっていたそうです。 岸田氏と同門であり一番弟子である木彫片山・片山晃氏が以前と同じ前向き目線の 仕上がりを見て、後ろ向きにやり直す指示を出したそうです。。(「みこと地車会館 - 源"鳴物命"春大伊」
引用)

 

修理前後の比較写真は「みこと地車会館 - 源"鳴物命"春大伊」2016年4月27日の記事をご覧ください。

 

 

 

 

↓土呂幕右面:鬼神に勝る巴御前
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↓巴御前をアップで
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後ろに周ってみます。(以降、向きは後ろからだんじりに向かって左右)
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↓懸魚
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↓枡合正面:清盛落日ヲ呼戻ス
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↓枡合正面:牛若丸見守ル僧正坊
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有名な五條大橋での武蔵坊弁慶と判官九郎義経こと牛若丸との出会いの場面。牛若丸が虚を突く様が見事に描かれている。この後欄干に立ち、大きく飛び上がり扇子を弁慶に投げる様子は後旗で描かれているので、この絵柄を選んだ。牛若丸の武術の師・僧正坊が鞍馬山から見守る様子も奧に彫られています。つけ木無しで、昔風の彫物らしく手数は少ないが手の込んだ、とても珍しい構図だそうです。(「みこと地車会館 - 源"鳴物命"春大伊」

 

引用)

 

 

 

 

↓枡合右面:義光秘曲伝授
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笙を吹く義光と秘曲を書き留める豊原時秋が彫られています。 新羅三郎義光は兄・義家を手助けに奥州へ向かう途中足柄山で、武士では無い時秋が追いかけてきた理由を察し、. 「我は武のため、貴殿はこの道のため」と諭し秘曲を伝え箱根から追い返した。
この絵は地車では初めて使われた図柄で、春木宮本町に伝わる鳴物や伝統を引き継いで欲しいという想いが込められているそうです。(「みこと地車会館 - 源"鳴物命"春大伊」
引用)

 

 

 

 

↓竹の節 右:唐獅子牡丹
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↓竹の節 右:唐獅子牡丹
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見送り:一の谷ノ合戦

 

 

 

 

↓正面
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↓左面
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もう少しよってみます。
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さらにドアップで
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↓右面
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見送り下廻りです。

 

 

 

 

↓正面
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↓旗受け 三猿(岸田恭司師 作)
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世間一般では三猿は『みざる』と言われ、正式には【さんざる】【さんえん】が正しい様です。見ざる言わざる聞かざるという諺を表す意匠として、国内だけでなく世界的に有名である。元々は古代ローマからシルクロードを経て日本に入ってきたとの説もある。地車では紙屋町の旗受けに通常の三猿がいる。

春木宮本町の三猿は通常のものとは異なり、 『うちのだんじりをよく見て、太鼓の良い音を聴いて、 他所で良い所を言うて下さい』 という意味が込められている。 そこから【聞い太郎・言う太郎・見太郎】という名前が付けられている。

 

これは春木宮本町が作った新しい文化だと思いがちですが、じつは歴史上にきちんと存在しています。それは埼玉県の『秩父夜祭』で有名な秩父神社にて現存する。徳川家康公が贈ったとも言われている彫刻で、元気が出る三猿としても有名である。
こちらの三猿は『さんざる』と呼ばれている。

 

【よく見る、よく聞く、よく話す】といった人間の生活に欠かせない重要な行動であり、力が湧き出る基礎になる部分であり、人に活力を与えるという意味を持っている。非常に意味も歴史も持ち合わせた、地車では初めて採用された意匠である。(「みこと地車会館 - 源"鳴物命"春大伊」 引用)

 

↓左面
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↓右面
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製作:平成3新調(平成27年大修理)
大工棟梁:植山良雄
彫師:岸田恭司、助・松田武幸

 

 

 

 

この記事の記載するにあたり、facebookページの「みこと地車会館 - 源"鳴物命"春大伊https://www.facebook.com/harukimiyamotodjr/を参考にさせていただきました。引用させていただきありがとうございました。

 

 

 

 

また当日の撮影にあたり情報をいただいたSさん、撮影が終了するまで待っていただいた青年団の皆様ご協力ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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