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平成28年6月19日 南町だんじり修理入魂式・お披露目曳行(前編)

平成28年6月19日、岸和田市南町だんじりの修理入魂式・お披露目曳行が行われました。それに先立ち5月28日、新調された前後の旗の撮影に行ってきました。

↓交差旗、白色です。
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昔の色に戻りました。

↓交差旗はリバーシブルです。
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昨日の曳行ではこちら側の面を見せてなかったようです。

↓そして後旗。こちらも白色で統一されています。
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↓真ん中の旗の裏面です。
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蛸に乗った法師様が描かれています。

↓土呂幕正面 岸和田大乱戦
22014373_org
南町と言えば「蛸に乗った法師様」

↓そして今回のポスターカレンダー
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私が提供した写真で作られています。

↓ちなみに安全ピンも蛸でした。
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では6月19日の入魂式の様子です。

雨にも負けず5時30分少し前、南町の小屋前には多くの人が集まっていました。
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↓5時30分 修理委員長の挨拶が始まりました。
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↓待機場所へ向け移動するようです。
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↓ついに始まりました。
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↓紀州街道を南下して待機場所へと向かいます。
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↓天性寺前を通過しました。
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↓後ろの旗は南町の面を見せていました。
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↓いつもの待機場所です。
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ここで少し休憩して時間調整です。

↓出発です宮入に向かいます。
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↓南町だんじりと天性寺と孫を抱くおじいさん
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『天性寺聖地蔵尊縁起』によると、建武年問、岸和田城に高波が襲いかかった時、海の彼方より大蛸に乗った法師が海岸まで近付き波風を鎮められ城は救われたという。天正12年(1584年)、羽柴秀吉(豊臣秀吉)が尾張へ向けて大坂城を出発(小牧・長久手の戦い)。その隙を突いて、紀州征伐で敵対する根来衆・雑賀衆といった紀州の一向一揆の軍勢が、秀吉配下の中村一氏が寡兵で守る岸和田城へ攻め込み、大乱戦となった。数で圧倒する紀州勢の勢いが物凄く城が危うくなった時、蛸に乗った一人の法師が現れて、次々と紀州勢を薙ぎ倒した。しかし、紀州勢が盛り返して、蛸法師を取り囲もうとした時、海辺より轟音をたてて幾千幾万の蛸の大群が現れ、紀州勢を殺害することなく退却させた。一氏は喜び、その法師を探したが、結局分からなかった。ある夜、法師が一氏の夢枕に立ち、自分は地蔵菩薩の化身であると告げたので、その昔戦乱から守るため、堀に埋め隠し入れた地蔵菩薩像を出して祀ったという。その後、一般の人もその利益(りやく)が受けられるように、日本一大きいとされる地蔵堂に移され、現在に至っている。(wikipediaより抜粋)

↓コナカラ坂を昇り、お堀の周りを通ります。
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コナカラ坂は人が多そうなので諦めました。

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↓纏
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↓青年団が私に気付いて反応してるようです。
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↓だんじりが近づいてきました。
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↓だんじりと岸和田城
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↓岸城神社に宮入しました。
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お祓いを受けてる間に移動して、初の闇市~ヤングのやりまわしを見るために移動しました。

後編へ続く

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